自分以外の誰かを優先してきた。自分からなのか、指示をされたからなのかも分からないほど。
相手が思う自分になれるように、理想を裏切らないように、いつも相手を許せるように。
その相手とは、広ーい括りの元家族なんだけどそれってやっぱりおかしかったよなぁ。
と今更になって思う。
1番おかしいと思うことが、その人たちのほとんどが私にはひどい行動、言動をしても許してもらえると思っていること。
そして、大して謝りもせず、何事もなかったかのようにすーっとまた距離を縮めてこようとすること。
私は長年こういった生活をしてきたので、きちんとひどかった行動に対して謝られたり、逆にありがとう
と一言言ってくれればそれでいっか。と思うタイプなんだけど、揃いも揃ってそれがない。
その割に人の行動にはすごく厳しく、かなり辛辣な言葉を使ってくることがある。
困っちゃうよなー本当。
私はなるべく人とケンカなんてしたくないし、争いたくもない。
怒ることも怒られることも好きではないので、相手に対して怒りをぶつけたりする時でさえ、あーこの言葉言われたら傷つくだろうな。
と思ってしまいなかなか口に出せないことも多い。
人に優しく、自分にも優しくしたいのに私が置いてきた人たちは自分に優しく、人に厳しくの典型だった。
なので、今の生活は寂しさを感じたり不安を感じる事も無いと言えばもちろんうそになる。
だけど、心の健康という面で考えるとすごく楽になったと思う。
自分以外の誰かの気分や感情に振り回されたりすることがなくなったからだ。
そういう事は、子供である娘の特権、仕事であって大人のすることでは無いと思っている。
もちろん私も人間だし、疲れたり、落ち込んだりそういう時には心が乱れる事もある。
だけどどんなに小さなことでも、それは娘の方が悪いよなぁってきっと思われることでも仲直りをする。
さっきは、優しくない言い方してごめんね。危なかったからやめて欲しかったんだけど、もう少し違う言い方もあったかもしれないね。
次からは違う言い方をするね。ごめん
そうすると、娘もおもちゃ投げてごめんね。だったり、椅子の上に立ってジャンプしたりしてごめんね。
と話してくれることもある。
話してくれないこともあるけど。笑
そして仲直りしよっかって言ってぎゅーっとして私たちは仲直りを完了させる。
娘と私の生活は、私が今まで暮らしてきた誰よりも穏やかで、すごく大変だけど、気持ちは楽だと思う。
だってきちんと話ができるから。
まだまだ幼いけれど、何が悲しかったのか、何がいけなかったのか、話す事もできるし、嬉しかったことにはありがとうと言える。
改めて私はそういう暮らしをしたことがなかったんだな。
と思った。
少し寂しくも思ったけど、今ある幸せをより感じた。
そんなある日。
補足
ありがとうと突然言われることも多く、何がありがとうなの?と聞くと、スプーン持ってきてくれてありがと
だったり
ジュースをコップに入れてくれてありがと
だったりしてそんな当たり前の事いいのよいいのよと思うんだけど
そういう当たり前の事こそ大事なんだよね
と逆に教えてもらいました。